災害・交通

首里城火災の出火原因は電気系統?奉神門て何?復元の希望はある?

こんにちは、KAORUです!

31日未明に発生した沖縄県の世界文化遺産”首里城”の火災により、日本全国に衝撃が走りました。
出火原因について様々な憶測が飛び交う中、電気系統が原因では?という情報が出てきました。


また、正午現在もまだ完全な鎮火には至っていなく、正殿・北殿・南殿も全焼しているということですが、Twitter上では「奉神門も燃えてるの?」と心配する声が上がっていました。

奉神門というワードを初めて見た方も多くいらっしゃると思います。

ということで今回は『首里城火災の出火原因は電気系統?奉神門て何?復元の希望はある?』と題しまして首里城火災の出火原因は電気系統?奉神門て何?復元の希望はあるのかということについて調べてみました。

それでは本題に入らせていただきます。

首里城火災の出火原因は電気系統?

首里城火災のニュースは夜明けかた全国のテレビ局で大きく報じられています。

先日同じく世界文化遺産のノートルダム大聖堂で火災が起きましたが、そのときの原因が電気系統からの出火でした。

そして今回の首里城での火災も電気系統が原因ではないかとテレビで報道されたようです。

電気系統の問題で火災が起きてしまったのだとしたら・・・悔やんでも悔やみきれませんね。
木造建築物ですのでひとたび火がついてしまったら、あっという間に燃え広がってしまいますものね。
もし再建が可能ならば、次はきっと防火対策が万全にされることと思います。

奉神門て何?復元の希望はある?

世界文化遺産がほぼ全焼という悲しいニュースが流れる中、「奉神門は無事なの??」といった声が多く挙がっていました。

奉神門 (ほうしんもん)」について首里城公式HPには下のように書かれていました。

「神をうやまう門」という意味で、首里城正殿のある「御庭(うなー)」へ入る最後の門である。1562年には石造欄干(せきぞうらんかん)が完成したという記録があることから創建はそれ以前である。その後1754年に中国の制に倣い改修した。建物は明治末期頃に撤去されたが、1992年(平成4)に外観が復元された。現在は公園管理のための施設として利用されている。

別名「君誇御門(きみほこりうじょう)」ともいう。向かって左側(北側)は「納殿(なでん)」で薬類・茶・煙草等の出納を取り扱う部屋、右側(南側)は「君誇(きみほこり)」で城内の儀式のとき等に使われた。

3つの門のうち中央は国王や中国からの冊封使(さっぽうし)等限られた身分の高い人だけが通れる門である。それ以外の役人は両側の門から入城した。

引用元:首里城公式HP

首里城正殿のある御庭へ入る最後の門ということで、首里城の中でもかなり神聖な門のようですね。

奉神門について皆さんの投稿をご紹介します。

そして 奉神門の現在の様子は・・・

かろうじて残っているという状況のようですね。ここまで燃えてしまっては復元する費用もものすごいことになりそうです・・・

まとめ

ということで今回は『首里城火災の出火原因は電気系統?奉神門て何?復元の希望はある?』と題しまして首里城火災の出火原因は電気系統?奉神門て何?復元の希望はあるのかということについてお届けしてまいりましたがいかがだったでしょうか?

沖縄に行ったことがある人ならまず訪れるであろう首里城。
たくさんの人にとって思い出も場所であると同時に、貴重な歴史が刻まれた場所ですね。
あの美しい朱色の建築をもう一度見られる日が来ればよいのですが・・・

それでは本日はここまでとさせていただきます。
最後までお読みいただきありがとうございました。